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昭和にかえりたい

阪神と契約の江川、8時間後に巨人・小林とトレード

江川卓選手(手前)と契約後、記者会見する小津正次郎・阪神球団社長(当時)。この8時間後、江川─巨人・小林繁投手のトレードが成立発表された=東京・芝の東京グランドホテルで、1979年1月31日撮影
江川卓選手(手前)と契約後、記者会見する小津正次郎・阪神球団社長(当時)。この8時間後、江川─巨人・小林繁投手のトレードが成立発表された=東京・芝の東京グランドホテルで、1979年1月31日撮影

 今やスポーツキャスターやワイン通として幅広く活躍する元プロ野球選手の江川卓さん(52)。現役時代は巨人のエースとして入団3年目に20勝するなどプロ通算9年で135勝し、球界を代表する投手として活躍していた。しかし巨人入団時に起こした大騒動は、今も多くの人の記憶に残っているに違いない。 

 江川さんは作新学院から法大を経て一浪後の1978年(昭和53年)11月21日、野球協約上の“空白の一日”を突いて巨人と電撃契約。いったんはこの契約が無効とされたものの、その後のドラフト阪神に1位指名されると、当時の金子鋭コミッショナー(故人)の「強い要望」で巨人・小林繁投手とトレードされることになった。今から29年前の1979年1月31日午後3時すぎ、いったん阪神と契約し、約8時間後の2月1日午前0時すぎに小林投手との交換を成立させるという電撃トレードだった(その後このトレードは白紙に戻され、江川さんは開幕の4月7日に正式に巨人入りした)。一連の騒動は“ルール破り”と世論の強い非難を浴び「エガワル」の流行語も生まれることになった。【乗峯滋人】(2008年1月31日掲載)

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コメント

 この出来事〈事件ではありません〉についての、明快な解釈が、山崎正和『プログラムの余白から』に、「事はすべてさかさま」という題で収められています。
 それとは別に、私の、詰まらない解釈を付け加えると、すべては「巨人ブランド信仰」にたぶらかされた結果に過ぎません。当の江川氏も、巨人軍オーナーも、アンチ巨人ファンも、もちろん故小林繁氏も。「同情はいらない」という言葉が、「巨人にいることが最高にすばらしい」という信仰告白になつているからです。

投稿:焦燥院
2010年1月20日 (水) 21:55

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