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昭和51年(1976年)、猪木対アリの世界一決定戦に列島興奮?シラケ?

猪木は寝ころんだままで足のパンチ。アリも手のパンチを出せず
猪木は寝ころんだままで足のパンチ。アリも手のパンチを出せず

 人類最強は誰か?そんな疑問に答えてくれるはずだった世紀の一戦のゴングが昭和51年(1976年)6月26日、東京・日本武道館で鳴った。

 対戦したのは、プロレスNWF世界チャンピオンのアントニオ猪木と、ボクシング世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリ。「格闘技世界一決定戦」と銘打たれ、試合前の舌戦や度重なるルール変更、24億円という巨額のファイトマネーなどで話題をさらった。

 試合は猪木が開始直後から寝技に持ち込もうとアリの足元にスライディングを繰り返したため、アリもなかなかパンチが出せず15ラウンドでパンチが3発しか入らない地味な内容に。結果は引き分けで、当時の毎日新聞は「スポーツというよりショー」「シラケた結果」と酷評している。【乗峯滋人】

「格闘技世界一決定戦」の最終ラウンドを終わり、レフェリーのジン・ラーベルがプロボクシング世界ヘビー級王者、ムハマド・アリ(米国・手前)と、プロレスNWF王者アントニオ猪木(向かい側)の腕を挙げドロー
「格闘技世界一決定戦」の最終ラウンドを終わり、レフェリーのジン・ラーベルがプロボクシング世界ヘビー級王者、ムハマド・アリ(米国・手前)と、プロレスNWF王者アントニオ猪木(向かい側)の腕を挙げドロー

“格闘技世界一決定戦”と銘打ったプロボクシングのプロレスの変則マッチは、しょせん他流試合。スポーツというよりショーとなり、結果は両者とも決め手のポイントがなかったとして引き分けというシラケた結果に終わった。

 両者のファイトマネーが24億円、特別席30万円と話のタネをふりまいたプロボクシング世界ヘビー級チャンピオン、ムハマド・アリ(米)対プロレスNWF世界チャンピオン、アントニオ猪木(新日本プロレス)戦は26日午前11時50分、東京・日本武道館でほぼ満員の観客を集めてゴング。

 アリのパンチと猪木の“カニばさみ”などの応酬など緊迫した場面もあるにはあったが、終始寝わざに持ち込もうとする猪木とボクシングのスタイルのアリでは“格闘”する場面がなく、ルールの違うスポーツのむなしさが残った。

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コメント

ショーではなく、現在の格闘技の目線で見ればまったくの真剣勝負。
見せ場のないことがショーでない証なのに、当時の新聞の酷評ぶりが全くの見当はずれで笑えます。これは毎日新聞だけではありません。

結局、20-30年このような試合は、出現が早かったと言えるのではないでしょうか。

当時の論評をそのまま掲載してくださった毎日新聞に感謝です。

投稿:今井 たまき
2008年7月10日 (木) 08:58

この試合は私が中学生の時、リアルタイムで観ました。まだ授業中でしたが、先生も猪木のファンで学校のテレビでみんなで観戦した事を懐かしく思い出します。猪木が寝技で組み合った瞬間、それは凄い興奮状態になり声を張り上げて応援したものです。ショーという感覚ではない今井さんの意見に賛同しますし、異種格闘技の幕開けだったような気がします。

投稿:森上 孝
2008年7月11日 (金) 15:09

「ショーではない真剣勝負であったため見せ場がなかった」という意見には納得しかねます。金を払って見に行ってないからそんなことが言えるのではないでしょうか。
 私はテレビで観ていましたが、がっかりしました。猪木が寝てばかりいないでもっとましな対応ができたと思います。結局猪木はチキンだったことを証明したと今でも思っています。

投稿:水田淳一
2008年8月 7日 (木) 02:24

今井さんと森上さんのご意見に賛成です。
水田さんのご意見には賛成しかねます。
冨田常雄著『姿三四郎』の中で、姿三四郎がボクサーと戦った時も、猪木さんと同じ戦い方をしています。猪木さんはこの小説を読まれてあの戦い方をされたのか、この小説を読まれてはいないが、レスラーがボクサーと戦うのは、あの戦い方しかないと考えられたのかは、私にはわかりませんが。当時、「世紀の凡戦」と酷評されたあの試合ですが、私はテレビで観戦した時に、猪木さんが超一流の格闘家であることを実感しました。

投稿:吉田研司
2008年8月12日 (火) 15:41

当時、私は中学生だった。この試合の事を考えるとわくわくして夜も眠れず、友人たちと毎日のようにどのような結果になるか議論をしたものであった。そして試合は終わり、文字通り少年たちの夢は霧散した。今にして、真剣勝負であるがゆえにという意見も多々聞かれるようになった。平成4年、夏の甲子園大会。明徳義塾は、星稜・松井秀喜を5打席連続敬遠した。これとて、勝利のための真剣勝負のなせる技だ。高校野球とプロ格闘技の違いはある。だが、大多数の観客の、そして、少年たちの"夢"を砕いた結果であったこともまた確かなことである。

投稿:吉住美樹人
2008年8月20日 (水) 03:04

今井さん森上さん水田さんと同じ意見で、吉田さん、吉住さん、加藤さん、池上さんとはちょっと違います、しかし内容的には八重樫さんに近いです。坂巻さんの意見は感情的過ぎる気がいたします。

投稿:篠原みずえ
2009年4月15日 (水) 11:00

確かに殴り合い、とっくみあいのほとんど無い試合という意味では凡戦と言われても仕方ないでしょう。
しかし、猪木であってもヘビー級チャンピオンのボクサーのパンチをまともに受けて平気なわけではないですから、普段使っていない下半身を攻めるのは常套手段です。
プロレスでは素手でのパンチ連打は反則扱いですし...。

結局、自分のスタイルにこだわったアリが、この試合をつまらなくしてしまったと言っても過言ではないでしょう。

投稿:RERA
2009年4月15日 (水) 11:19

お互いが真剣であったことは間違いないと思います。
ただ、アリ側のルールに縛られてしまった凡戦なのも間違ってはいないと思います。
現在の総合ルールなら猪木が勝っていたでしょう。

投稿:たる便
2009年4月15日 (水) 11:40

当時中学生だった私は保健室でこっそりとテレビを見ていた事を思い出します。
当時は確かにその内容にがっかりしましたが,真剣勝負だったことは傍目に見ても十分に伝わってきました。

水田さんが投稿なさっている
> 結局猪木はチキンだったことを証明したと今でも思っています。

当時にそうお考えだったのは納得できますが、現在はなぜあのような試合になってしまったのか、事実がいろいろなところで報道されています。

投稿:林健一郎
2009年4月15日 (水) 12:39

ボクシングのヘビー級のチャンピオンとはいえ、あれほどにパンチを避ける戦い方をするのはやはり奇異。
もしもボクシングで使用するグローブとは別の「猪木戦」用の特殊グローブだったとすると、つまり一発でももらうと選手生命に影響するような「凶器」を両手につけた相手との戦いだったとすると、妙に合点がいきます。あの戦い方以外にないだろうと。
「時代を変えてやる」という一心で、ルールやファイトマネーなどに関するアリ側の条件を全て呑み、危険な賭けに出て真剣勝負を演じた猪木からは、個人的には学ぶところ多いです。

投稿:尾角浩司
2009年4月15日 (水) 17:42

この試合は当時は本当にしらけてばかばかしく思っていました。確か高校生くらいだったと思います。

そして近年の格闘技を見たとき猪木と同じ体制でパンチを食らわず寝技を狙う動きを見たとき衝撃でした。猪木の先方は真剣だからこその考えで何十年も前にこれをやっていたことが猪木のすごさと思います。自分を含め当時はついていけない格闘技の奥の深さを感じます。今ではこの戦法をナンセンスという人はいないと思うし改めて猪木のすごさを感じます

投稿:青木孝志
2009年4月15日 (水) 17:47

私は試合結果に納得がいきません。
あの試合はプロレスラーとプロボクサーの戦いなので、引き分けではありません。

プロレスラーの戦いとは、ショーマンシップ、受けの美学があります。猪木も「9受けて10返す」って言ってたのでプロレスラーとしては最悪!
プロボクサーとしては、あのようにされたらしょうがない部分があるので、
アリの勝ちだと思います。

人と人との戦いとしては、確実にダメージを与えている、猪木の勝ちですけどね。

投稿:プロレスラーとは?
2009年4月15日 (水) 17:54

完全にアリ側の要求したルールに縛られただけ。
しかも、それ(度重なるルール変更)をマスコミに流す事を禁止されたとなっては・・・
見る側からすれば凡戦に見えるだろうね。

立ってる状態からキック無しとか・・・
考えられない。

投稿:tos
2009年4月15日 (水) 22:40

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