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昭和44年3月6日 泰淳さん“選奨”辞退の弁

 昭和44(1969)年3月6日付の毎日新聞に、評伝「秋風秋雨人を愁殺す」で第19回の芸術選奨文部大臣賞に選ばれながら固辞した作家の武田泰淳氏の「辞退の弁」が掲載されている。

 当時、武田氏は57歳。福永武彦氏、椎名麟三氏らとともに「第一次戦後派」の一人として活躍し、すでに「黒旗」「異形の者」「風媒花」など多くの作品を発表して地位を確立していたが、一度も文学賞やそのほかの賞を受けたこともなく、候補者として上げられたこともなかった。一方で「中央公論新人賞」「谷崎潤一郎賞」「毎日出版文化賞」などの選考委員を務めていた。

 辞退の理由について武田氏は「お受けしたくないからお受けしない」と語るばかり。「ぼくはずっと賞とは無縁できたんだ。これからも無縁でいたいんだよ」とこぼし、「ぼくはもらわなくてもいいんだよ。ほかの人がたくさんもらってくれれば、それでいいんだよ」と笑ったという。その後、73年に「快楽」で初めての賞となる日本文学大賞を、76年には「目まいのする散歩」で野間文芸賞を受賞し、同年10月に死去した。

 40年後の3月6日、08年度の芸術選奨の受賞者が発表された。

昭和44年3月6日付毎日新聞
昭和44年3月6日付毎日新聞

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