池田信『1960年代の東京』路面電車が走る水の都の記憶

北沢川(北沢用水、玉川上水を上高井戸で分枝、目黒川に注ぐ)に架かる光明橋から見た上流方向の景観。左岸は世田谷2丁目(後の梅丘1丁目)。右岸は松原4丁目(後の松原6丁目)=東京都世田谷区で1962年(昭和37年)7月7日、池田信(いけだあきら)さん撮影

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1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶

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私は昭和12年にこの写真より少し上流の世田谷二丁目(現・豪徳寺一丁目)で生まれました。戦前~戦後しばらくにかけては、経堂付近から赤堤、梅ヶ丘を経て代田方面に至る北沢川の両岸は水田または畑と雑木林で、そこに農家や文化住宅、文化アパートが点在していました。北沢川は元々清流だったのでしょうが、昭和10年代にはすでにドブ川と化していました。昭和7年に誕生した世田谷区(旧・東京府荏原郡の一部)はまだ大半が純農村地帯だったので下水道が完備しておらず、新興の商業地・住宅地の汚水をこの細流に流し込んでいたためでしょう。現在は暗渠化され、住宅密集地の中を行く静かな遊歩道になっています。

投稿:こがね丸
2008年9月11日 (木) 10:53

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