池田信『1960年代の東京』路面電車が走る水の都の記憶

築地川南支川に架かる備前橋から、明石町の聖路加国際病院を見る。築地川と築地川南支川の合流点。左側の橋は築地川に架かる暁橋、右側は築地川に架かる境橋。境橋の手前右は小田原町1丁目(後の築地7丁目)=東京都中央区で1964年(昭和39年)5月8日、池田信(いけだあきら)さん撮影 毎日新聞社刊「1960年代の東京」表紙掲載

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1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶

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池田 信
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コメント

聖路加病院には小学校に上がったか上がらないかの頃に、風邪をこじらせて数日間入院したことがあります。まだ全館が木造の建物でした。
長期入院していた重度の慢性病の子供達と一緒の病棟で、短期の入院患者のぼくは彼らに良くいじめられました。でもきっと羨ましかったからなんだろうなと子供心に分かっていたので死に怯える彼らが不憫に思えてなりませんでした。今でも思い出すたび彼らが元気でやっているのか気になります。
中心の塔の真下の最上階が確か食堂でしたが、子供心にちらりと見える木製の螺旋階段を使ってあの塔の上にいると皆が言っていたキリスト像を見てみたくて仕方がありませんでした。

投稿:東京タワーの同級生(1958年生まれ)
2009年1月26日 (月) 11:58

8年ぶりの投稿になりますが先日家内の健診で数十年ぶりに聖路加へ行ってきました。旧館がほぼ当時のまま残っているというので広報さんにご無理を言って見学させてもらいました。やはり当時は最上階に小児科と喫茶コーナーがあったそうです。螺旋階段は若干記憶違いで鉄製でしたが、何度塗装をし直したかわからないぐらい分厚くペンキが塗られていました。こういうものをきちんと残してくれていることに感動を覚えずにはいられませんでした。

投稿:初老になった元東京タワーの同級生
2017年5月 8日 (月) 16:21

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