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クイズ昭和の記憶

ここはどこ?第71回 交差点の時計塔

 写真中央の広い道路を路面電車が行き交い、右側には立派な時計塔のある建物がそびえ立っています。一目でどこだか分かった方も多いのでは? 撮影は昭和37(1962)年5月。ここはどこでしょう。

答えはAの銀座です。銀座4丁目交差点の南東側に立って数寄屋橋交差点方向を見ています。右側の建物は1932年完成の「和光」(旧服部時計店)の本館で、今も銀座のシンボルです。

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コメント

その時代を過ごしたわけでもないのに何故か懐かしく感じました。たまには銀ブラしたくなりますね。

投稿:JEEP
2010年2月22日 (月) 23:36

学生時代に贈答用の梱包作業アルバイトをした経験があります。大変にきれいな蝋引きの包装紙にお買い物商品を丁寧に包む仕事でしたが、先輩の女性職員から教えてもらいながら和光マークが正面に出るようにして裏は和光シール1枚で止める練習を何度もしました。大小様々な商品が次から次に来るのを慣れない手つきで時間の経過も忘れて仲間と楽しくバイトした想い出が今も蘇ってきます。指導してくれた先輩女性の上品で美しかったこと、我々バイト学生の憧れでした。銀座で仕事をしたのは後にも先にもこの1ヶ月だけです。

投稿:VIP799
2010年2月23日 (火) 02:57

The clock tower is a famous landmark of Ginza, Tokyo. In many japanese movies in the sixties, also use this building as the location of Ginza. I remember everytime when I saw this building, or the huge morinaga kyarameru neon sign in the movie, I knew it is Ginza, Tokyo.

投稿:Lucas Chen
2010年2月26日 (金) 00:05

この角度からの写真は昔から多数残されていますが、戦後のものとしては昭和30年代初めから37年くらいまでのものがいいように思います。高度成長が緒についたばかりで、東京オリンピックの準備は始まっていましたが、まだ東京の街には落ち着きがありました。写っている小型の都電は昭和11~17年に製造された1200形。大正時代の木造高床車の鋼体化改造車で、床が高いため乗り降りは不便でしたが、8系統(中目黒―築地)の主役として銀座に顔を見せていました。

投稿:こがね丸
2010年2月26日 (金) 10:20

東京のシンボル的情景 これ以上変わらないで貰いたい。

投稿:江戸川
2010年3月25日 (木) 17:52

本当に懐かしい写真です。目黒から都電かバス、時には山の手線で銀座に出かけました。
母と姉妹とは時々 家族6人では年に2回ほど食事に行くのがとても楽しみでした。「大増」さんだったような気がします。
当時の写真は、銀座でさえものどかさを感じますね。昭和何年の紅白か?他の番組か?忘れましたが、時計台でダークダックスの4人が、歌っていらしたのには、子供ながらに感激しました。

投稿:あーちゃん
2010年4月 6日 (火) 16:42

何十年前だろうか?テレビで見ていた時計台のあるビルを、始めて自分の眼で見て、東京に居るんだ。これから先の夢を膨らましていた30年前。ずっと、残っていてほしい。

投稿:lung cancer
2010年4月16日 (金) 23:00

私達は今でも ”尾張町の服部 ” と言っていまいます。 PXだった時代、スタイルの良いアメリカ兵が 踊るような格好で交通整理をしていたのを、昨日のように思い出します。

投稿:TOSSY
2010年4月19日 (月) 17:20

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