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昭和のニュース

長崎に原爆投下

1945年08月09日

1945015 原爆投下20分後、13キロ離れた香焼島川南工業造船所から見た長崎
1945年8月9日 

1945022 頭に包帯をしてはだしで焼け跡を歩く3歳の幼女。爆心地の浦上地区では70年間不毛説が伝えられた
1945年9月29日 長崎・長崎浦上地区

広島に続き長崎にも原爆が投下された。爆心は同市松山町のテニスコート上空で、年末までの死者7万4000人、負傷者7万5000人。市内の約3分の1が壊滅的な被害を受けた。爆心地から約500mの浦上天主堂も崩れ、三菱重工長崎造船所や三菱兵器製作所が崩壊した。

<当時の新聞紙面>

1945081202

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コメント

敗戦直後の長崎市長は、天主堂の保存を決めていたそうですが、あるアメリカ人からの提供でアメリカへの長期の招待旅行を受けたそうです。
帰国後、市長は、天主堂保存から取り壊しへと意見を転換したそうです。
天主堂が保存されていたならば、多くのキリスト教国に大きな影響を与えて、戦後の核開発は大きく変わっていたかもしれません。
小生の誕生日でもある8月9日になると、長崎原爆のことを考えます。

投稿:み
2013年7月29日 (月) 10:03

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