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昭和のニュース

石炭・鉄鋼中心の傾斜生産方式決定

1946年12月27日

1946068 炭鉱の入り口に掲げられた石炭増産運動のアーチ
1946年10月7日 北海道・赤平炭鉱で

1946066 石炭増産に正月を返上して、切羽で働く炭坑夫 1948年1月 

1946067 増産の続く、八幡製鉄の溶鉱炉 1948年10月 福岡・八幡市

敗戦により、工業原材料の輸入が停止、石炭や鉄鋼の減産も著しくなり、生活物資の不足が目立った。このため、第1次吉田茂内閣は、石炭と鉄鋼を重点産業として資金や資材を投入し、経済復興をはかる傾斜生産方式を決定し、産業の復興をめざした。吉田内閣の総辞職後、この方式は片山哲、芦田均両内閣に引き継がれ、2年後の1948年には日本経済は拡大基調を回復した。

<当時の新聞紙面>

1946122701

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