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昭和のニュース

法隆寺金堂壁画が焼失

1949年01月26日

1949068 焼け残った金堂六号壁の阿弥陀本尊の顔と蓮座に無残な注水の穴
1949年2月26日 奈良・斑鳩町の法隆寺

1949071 一部を残し焼け落ちた金堂
1949年1月26日 奈良・斑鳩町の法隆寺

1949069 写真を参考に模写をする画家たち
1949年2月19日 奈良・斑鳩町の法隆寺

国宝・法隆寺の金堂で火災が発生、壁画12面が焼失した。漏電だった。法隆寺は用明天皇が発願した建立を推古天皇と聖徳太子が受け継ぎ607年に完成したとされる。1934年に法隆寺国宝保存事業が開始され修理が行われていた。この火災をきっかけに50年、文化財保護法が制定された。54年に金堂の修理が終了、現在の壁面はほとんどが模写である。現存する世界最古の木造建築物で、93年に世界文化遺産として登録された。

<当時の新聞紙面>

1949012701

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コメント

紙面に「原因は電気座布団か」とあるように、模写していた画家(当時の騒動を知っていた父から名を聞いて私は知っているが敢えてここでは言わない)が使っていた電気座布団のスイッチの切り忘れが大元の原因。
後にフランスの文化相になった、アンドレ・マルローは来日した時に、「あの時の犯人は死刑になったか」と確認したそうだ。それほどの世界的な文化遺産だったのだ。
当時は戦後の貧しい時期で、画家たちも収入が保障されるこの模写事業に、何年も掛けてゆっくりと作業をやっていたらしい。焼失後の再模写事業は、色彩が失われた壁画とはいえ、あっという間に作業が完了したという。
この事件を思い出すたびに今でも何とも言えない虚しさを感じる。

投稿:かぼねこ
2018年5月19日 (土) 11:24

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