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昭和のニュース

力道山、刺殺される

1963年12月08日

1963040 力道山の死亡で詰めかけた関係者で混雑する病院
1963年12月16日 東京・港区の病院で

1963008 刺殺される半年前に1億円という史上最大の結婚式をして会見する力道山
1963年6月5日 東京・都内のホテルで

1963039 プロレス世界選手権を6回防衛した力道山
1960年2月1日 東京

東京・赤坂のナイトクラブ「ニュー・ラテンクォーター」で、プロレスラーの力道山(本名・金信洛、戸籍上は百田光浩さん)が、住吉一家系大日本興業の社員に登山ナイフで下腹部を刺され、1週間後の15日夜、腸閉塞で死亡した。39歳。力道山の護衛をしていた東声会と大日本興業との対立の中で起きた事件だった。力道山は「空手チョップ」で国民的な人気を博したレスラーで、日本のプロレスの父といわれる。

<当時の新聞紙面>

1963120918

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コメント

力道山さんは、少年の頃わくわくさせてくれた英雄です。力道山の霊に合掌 門奈

投稿:門奈剛
2013年4月13日 (土) 10:07

力道山、懐かしく、私たちの世代には生涯忘れられない名前です。当時少年だった私は毎週深夜(子供にとっては遅い時間だったと記憶しています)まだ白黒だったテレビに噛りつかんばかりに食い入ったものでした。友人に力道山の熱烈なファンがいて、彼は力道山が刺殺されたニュースが流れた当日は、一日中教室の机に突っ伏して泣いていました。
のちにプロレスがショーであったことや力道山自身のドロドロした実像を知ることになったのですが、当時の彼は紛れもなく私の、いや日本中のヒーローでした。

投稿:PLATMASTER川島
2013年4月13日 (土) 11:23

力道山の名を久しぶりに思い出しました。大人になってから彼をめぐるさまざまな事実を知ることにはなりましたが、眠い目をこすりながらも夢中で食い入った白黒テレビの中の彼は、まぎれもなく私のヒーローでした。

投稿:PLATMASTER川島
2013年4月13日 (土) 11:27

私の心の中では力道山はスーパーマン=不死身と思っていた、子供心にどんな人でも死ぬのだ!と大きなショックを覚えました。今でもヒーローです。

投稿:吉川 裕彰
2013年4月13日 (土) 11:29

当時の力道山は正に英雄で、今で言う国民栄誉賞です。あらためてご冥福をお祈りいたします。  渡部 朔

投稿:渡部 朔
2013年4月13日 (土) 11:38

今はアルツハイマーになってしまった母が「こんなことで死ぬなんて」と怒っていたことを覚えています。大好きだったんだと思います。合掌

投稿:笠井百合子
2013年4月13日 (土) 23:34

力道山は、永遠に不滅です。 1960年、11歳の私には、ヒーローでした。 暴漢に刺された時は、大ショックで、心配しました。私、力道山の分まで、長生きします!!!
 

投稿:ゴルゴ135
2013年4月14日 (日) 02:36

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